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2007-09-12

ソース(記事原文):ABCニュース・ヘルス

体を冷やしたこともエヴェレットの脊椎を守ったのかもしれない

実験的治療が奏功したと言う医師もいる 確信が持てないと言う医師もいる

アン=カンサグラ医師(An Kansagra)、ダン=チャイルズ(Dan Childs)
ABCニュース医療部

ケヴィン=エヴェレット (Kevin Everett)はアメフトチ-ムバッファロービルズ (Buffalo Bills)のタイトエンドプレーヤーだった。日曜日のこと、エヴェレットは致命的な脊髄損傷を負って機能性四肢麻痺となり救急医療士の押すストレッチャーでバッファローのミラード=フィルモア病院 (Millard Fillmore Hospital)に運び込まれた。 ― エヴェレットの体は生涯麻痺したままになる恐れがあった。

しかしある実験的治療を行えば再び歩けるようになる可能性が劇的に高まるかもしれない、と考える医師もいた。

脊髄を損傷すると体内で一連の反応が起き、これにより一次的損傷がさらに悪化することがある。― この実験的治療は氷温の生理食塩水を静注するなどして患者を低体温状態に置くことでこの二次的損傷を抑えようというものだ。

ケヴィン=ギボンズ博士(Kevin Gibbons)はミラード=フィルモア病院の神経外科医でエヴェレットの手術を執刀した一人である。水曜日の午後の記者会見で博士は、受傷後エヴェレットの体温が極端に上がったことから医療団としてエヴェレットの体を冷やす決断をした、と語った。

「神経の損傷に低体温がいいという確証はありませんが、高体温がよくないことはわかっています。」とギボンズ博士は言った。

しかしこの処置は単にエヴェレットの火照った体を落ち着かせただけではなかったようだ。負傷による脊髄損傷を最小限に抑えるのにも役立ったのかもしれない。

現在エヴェレットはわずかながら足首、脚、腕を再び動かせるようになった。アメフト界のスター、エヴェレットがもっと深刻な機能障害に陥らずに済んだのは低体温療法のおかげかもしれないと語る医師もいる。

「低体温療法は大きな可能性を秘めていると思います。」と言うのはケンタッキー大学チャンドラー医療センター(the University of Kentucky's Chandler Medical Center)脊髄・脳損傷研究センター(the Spinal and Brain Injury Research Center)のエドワード=ホール部長(Edward Hall)だ。「低体温療法の効果を調べるために行われたこれまでの動物実験では素晴らしい結果が得られました。実験モデルでは有効だとはっきりわかりました。」

しかしこの治療法は物議を醸しており、大部分がまだ未確認でヒトでの試験も広くは行われていないと指摘する神経学者は多い。

「エヴェレットさんの回復状況を聞き大変驚いています。」ケンタッキー大学 (the University of Kentucky)解剖学・神経生物学科のスティーブン=シェフ教授 (Stephen Scheff)は語る。「全身を冷却することには少々議論がありますし、マイアミプロジェクト(the Miami Project)が行ったような非常にしっかりと対照群を置いた実験の中には、低体温療法はあまり効果がないことを示したものもありました。」

冴えた治療法で重篤な損傷に対処する

エヴェレットは25歳、脊髄損傷を負ったのは日曜日に開催されたビルズの今季開幕戦セカンドハーフの冒頭で相手チームデンバーブロンコズ (Denver Broncos)のドメニク=ヒクソン選手 (Domenik Hixon)にタックルしたときのことだった。

ビルズのチーム付き整形外科医アンドリュー=カプチーノ博士(Andrew Cappuccino)は事故の翌日、エヴェレットが再び歩けるようになる可能性はわずかだと発表した。

しかし火曜日にエヴェレットは半分意識のある状態で、自分の意志で腕と脚を動かした。 ― 当初は一生麻痺したままだろうとの予後判定だったが、これを覆すことができるかもしれないと期待させる徴候だった。

患者が麻痺になるのを防ぐ上で体を冷やすことがどう役立つのか、医師たちにもまだ正確なところははっきりとはわからない。しかし、研究者らはこう見ている。脊髄が損傷を受けると体内の化学反応によって組織の腫脹と炎症が起きる。― この過程は脊髄神経壊死の1つの原因と長く考えられてきた。低体温療法はこの化学反応を遅らせることで繊細な神経組織を保護しているのではないかというのだ。

脊髄損傷による傷害を少なく抑えるために低体温療法を行うという発想は新しいものではない。

マイアミ麻痺治療プロジェクト (the Miami Project to Cure Paralysis)に参加している研究者らは、現在行われている研究の多くを将来性のある治療法に育てていこうとしている。マイアミ大学ミラー医学部(the Miami Miller School of Medicine)神経外科のドルトン=ディートリッヒ教授(Dalton Dietrich)はマイアミプロジェクトの科学責任者である。教授によると低体温療法の歴史は1960年代にまでさかのぼる。当初は心臓疾患に対して行われた。 ― しかし急激に患者の体温を下げたことによりかなりの副作用があった。

現在の研究者は当時ほど大幅には患者の体温を下げずに脊髄損傷後の二次的な神経傷害を防止しようとしているという。

「この15年から20年間行ってきた脳と脊髄の損傷の実験モデルを使った研究では、小幅に ― セ氏2、3度 ― 体温を下げる中等度低体温療法で損傷部位を守り予後を改善できるとわかりました。」

今回の症例では、受傷後直ちに低体温療法を始めたことで大きな効果が出たのかもしれない。

「低体温療法を開始するチャンスは比較的短時間しか与えられていないのかもしれません。」ディートリッヒ教授は語る。「この治療法も他の治療法も受傷後速やかに開始しなければいけません。損傷を負ってから2、3時間以内に病院に着かない限り手遅れです。こういった治療は損傷機序に働きかけるのが目的ですが、開始が遅れると効果が出なくなってしまうものが多いのです。」

医学の奇跡か

しかし、低体温療法がどの程度効果があるか正確に判断するには時期尚早だと警告する医師もいた。

エヴェレットの予後が改善されたのは他の要因のせいもあるのではという声もある。医療団はステロイドであるメチルプレドニゾロンの静注も行ったと考えられるが、これも脊髄損傷後の組織の腫脹を抑える効果があっただろう。さらに事故のあとすぐにエヴェレットの脊椎を整復した。 ― これもまた極めて重要な処置の1つである。

「それが一番効いたのかも知れません。」と語るトマス=バラジー博士 (Thomas Balazy)はコロラドにあるクレイグ病院(Craig Hospital)脊髄損傷チームの指導医である。「救急病院に運んで、頸部を整復して脊髄にかかっていた圧力を下げました。そして頸部を固定しました。」

内科的治療の一環としての低体温療法の効果を判定するために対照群を置いた試験が行われてきたが、これまでは大部分が動物実験であった。しかし少数ながらヒトの症例報告も存在している。

「低体温療法は有望な神経保護治療としてよく挙げられます。しかし脊髄損傷に対する標準的な治療法とする前に、もっと臨床試験を行う必要があります。」ナオミ=クライトマン氏 (Naomi Kleitman)は言う。米国国立神経疾患・脳卒中研究所 (National Institute of Neurological Disorders and Stroke)の修復並びに可塑性プログラム(the Repair and Plasticity Program)の責任者である。

そして低体温療法にも危険性がないわけではない。中等度低体温療法であっても重大な健康問題が起こる場合があるのだ。

「神経の損傷による侵襲(ストレス)に対処するために体の器官はいつも以上に血流を必要とします。体温を下げ過ぎたり低体温状態が長く続くと器官に有害な影響が出かねません。」と語るのはマイケル=ハーク博士 (Michael Haak)、ノースウェスタン大学ファインバーグ医学部 (the Feinberg School of Medicine of Northwestern University)の整形外科講師である。

博士はさらにこう言う。「血行障害に関連して血栓症その他の副作用が起こることもあります。」

現時点での予後

今のところエヴェレットはまだ集中治療を受けているものの意識はあり、家族と意思疎通している。医師たちは希望を持ち続けているが、エヴェレットがすっかり回復するかどうかは時が経たなければわからない。

「こういう症例は極めて複雑です。エヴェレットさんがどんな状態で、どの程度機能が回復する見込みがあるかは数週間経たないと判断できないでしょう。」マイアミ大学のディートリッヒ教授(前出)は語る。

しかし、低体温療法を行うことがどのように脊髄損傷患者に役立つのかについて理解が一歩進んだ、エヴェレットの症例はその象徴かもしれないとも述べた。

「この10年間試してきた多くの治療法が臨床試験ではうまくいきませんでした。」ディートリッヒ教授は言う。「将来の治療法は、数種類の薬の投与と軽度低体温療法を併用することで実際に効果を上げる、というものです。」

低体温療法によってエヴェレットの身体機能を相当程度維持することができたのは、他の治療と併用したためだったのかもしれない。

「この患者さんの場合は速やかに処置を受けたのがよかったのでしょう。中等度低体温療法を行うとともに、手術で迅速に脊髄を減圧し、損傷部位を固定しました。そして腕や脚を動かしたということは脊髄の不完全損傷だったことを示しています。」と語るのはノースウェスタン大学のハーク博士(前出)だ。

「この種の損傷は時とともに神経機能が改善する可能性が充分あります。これはエヴェレットさんご自身、ご家族やご友人、そして治療にあたっている医療団にとって大変喜ばしいことです。」